日本人ジャーナリスト拘束(ミャンマー)北角裕樹の出身や過去は?

こんにちは。 Takaです。

日本人ジャーナリストの北角裕樹さんが

ミャンマーで拘束されました。

2021年2月26日に一度拘束されており

今回で二度目です。

そんな、北角裕樹さんはどんな人物なのでしょう。

なので、北角裕樹さんの出身や過去について調べて見ました。

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北角裕樹さんの出身は?

出典 https://resemom.jp/

名前  北角裕樹(きたずみ ゆうき)

1975年生まれ

東京出身です。

早稲田大学を卒業。

現在は、ヤンゴンに在住されています。

高校時代にはボート競技で全国優勝もされています。

北角裕樹さんの過去は?

北角裕樹さんの過去の経歴や職業は、

北角裕樹さんは、早稲田大学在学中に、アメリカや韓国、

中国に滞在していた経験があるそうです。

早稲田大学を卒業後、最初に伊藤忠商事に入社します。

最初は、商社マンだったようですね。

その後、転職され日本経済新聞の記者として12年間活動されます。

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さらに、2012年8月に大阪府で市立小中学校の校長が公募されます。

その公募に北角裕樹さんは、応募します。

外部公募者数928名のうち11名の中に入り見事合格されました。

応募した理由は

「5年ほど前に大阪で記者をしていたとき、リクルート出身で

杉並区立和田中の元校長の藤原和博さんの授業を取材する機会がありました。

よのなか科という、ホームレス問題や、商品の付加価値のつけ方など

答えがでない問題について、子どもと大人が一緒になって議論をするような

業でした。

それを見て「こんな授業が、自分が中学生のときにあったら」

ととてもショックを受けました。

そんな記憶が頭の片隅にあった昨年の夏、

大阪市が50人もの校長を募集しているとのニュースを耳にしました。

“50人も募集しているのなら、自分にもできるかもしれない”

と思って、思い切って応募しました。」

引用 https://resemom.jp/

といっております。

そして、大阪市立巽中学校(おおさかしりつ たつみ ちゅうがっこう)

へ赴任されます。

しかしながら、わずか1年の公務でさまざまな問題が出てきて

2014年3月大阪市教育委員会より更迭案が出さました。

その理由が、

「学校業務を停滞させた」

「教員や保護者らと人間関係が築けず、【学校運営の能力が足りない】と判断した。」

などです。

詳しく、調べてみるとその中に

・1年生に向かって『君たちの授業には1時間当たり千円の税金が使われていることになる。

つまらない授業なら千円返してもらうよう先生に言いなさい』と発言。

他にもありますが、最初に校長に応募した思いが

違う方向へいってしまったのでしょうか。

校長を辞職後は、

2014年に渡緬して、日本語・ミャンマー語・英語情報誌「ミャンマージャポン」編集長。

2016年に独立してヤンゴン編集プロダクションを設立し

ミャンマーの政治から文化まで幅広く取材・執筆されます。

また、映画監督もされます。

引用  https://yangonproduction.com/

ミャンマー語の料理コメディ短編映画「一杯のモヒンガー」監督。

なんとも、ここまで多彩というか、不思議な経歴ですね。

現在は、ヤンゴンに在住されてフリージャーナリストとして活動。

〈まとめ〉

今回、日本人ジャーナリストの北角裕樹さんについて調べて見ました。

様々な経歴の持ち主ですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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